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近世史料—古文書を受け継ぐこと

 

 歴史は史料に基づいて組み立てられ、明らかになります。だから歴史研究は。どんな史料がどこにあるのか、所在を調査することから始まり、その後も史料の調査・収集が大きなウエイトをしめます。私は史料調査が好きです。新しい史料と出会うことは、思いがけないよろこびです。これは私が歴史を研究しているかもしれませんが、一人の人間としても、なつかしい誰かに会えるような気がするのです。
 史料は、昔の人々が作り、写しを取り、やりとりしたものです。だから、史料には数百年も前の人が何を望みどのように生きたのかが記されており、今なおその息づかいが感じられるものさえあります。日記に記される喜び、訴状にしるされた苦しみ。史料を読むこと、それはちょっとしたタイムトリップなのです。
 といっても、この旅は難しそうに思われるかもしれない。江戸時代の人々はちょっと見ではみみずにしか見えないようなくずし字で文字を書きました。しかしそれはけっして解読不能のものではありません。史料をみて、一字も読めない、ということはほとんどないはず。これはちょっと昔のなつかしい日本語なのです。解読のルールさえつかめれば、読むことができます。
 また史料には、別の意義もあります。人間は長い歴史のなかではかない営みや知恵をどうにかして後世に伝えていこうとしてきました。人間は経験を積み重ねていく動物です。人は死にますが、その人とともに死なないものもあります。経験を受け継ぐ行為にもいろいろあります。音楽、絵、口伝え、モニュメント。しかし文字により記録することが中心となってきたことは確かです。
 現在われわれに残されている史料は、その本来の目的がすんだ後も保存されてきたもので、何代にもわたる人々が歴史や伝統を大切に受け継いでいったことの証明です。災害や都市化にともなう生活の変化のなかで伝統とともに貴重な史料が消失しつつある現在において、このような史料にこめられた先人の知恵や思いを将来に受け継いでいくことはことさら大切に思われます。結局のところ、現在しかない、という生き方はしんどい。歴史を知ることで、わたしたちはその土地に愛着とともに結びつけられるように思います。

 阪神・淡路大震災での史料消失の教訓をもとに、史料を災害から守って保存・活用しようとする運動も各地で現れています。今ある史料の意味を再確認し、かけがいのない文化遺産として未来へと受け渡していくことが必要で、これは古文書を完璧に読めることよりも大切なことのように思われます。

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