antique

チョコレートカップ。

Richard-Ginori

リチャード・ジノリは人名で、 ジノリと言えばイタリアン・フルーツであんまり好きじゃないなあと長いこと思っていたが、誤解だった。

1735年、スカーナ大公国の要職にあったカルロ・ジノリ侯爵がフィレンツェ近くの自領ドッチアに窯を開いたのを最初とする。マイセンが白い磁器を完成させたと聞いて、化学に詳しかった侯爵自ら素地の合成や発色の研究に従事し、技術者を中国に送って焼成に成功したと伝えられる。はじめは一点物を作っていたらしいが、第二期(1757〜1792)ロレンツォの時代には新工場を建設、1780年代に無釉白地のいわゆる「ジノリの白」の小彫像が作られた。第三期(1792〜1837)カルロ・レオポルドの時代にはフィレンツェに最初の直営店を開いて一般の人々にも売られるようになった。第四期(1837〜1878)ロレンツォの時代にドッチァ窯は1300人の職工と11基の磁器窯を持つまでに発展した。この時期万国博覧会に積極的に出品し、諸外国との交流が盛んとなり、1873年に日本の岩倉使節団がドッチァを訪れた際も磁器工場を見学、記念のサイン・プレートを残した。

1896年、ドッチァ窯はミラノのジェラミカ・リチャード社と合併してリチャード・ジノリ社が誕生した。20世紀前半に、イタリア建築界の第一人者ジオ・ポンティをアート・ディレクターとし陶工たちの共同作業によって作られたアールデコ作品はまるで小さな美術品のよう。

わたしは現在のちょっとぼってりと豊満なお皿やカップを愛用している。

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new ナルチーゾ